◆ 昭和時代の思い出


         ・・・大阪のキャバレー【e77】


Dec. 2014  
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 ●昭和時代の思い出・・・大阪のキャバレー

 手紙の束の中に久しぶりにあるキャバレーからの封書、何十年振りだろうか。

 現在、大型のキャバレーは大阪と東京に残すのみ、だと言う。当時は吉本の芸人さんも大阪ミナミで良く見かけました漫才の横山やすしさんも多くの取り巻きを連れて店に出入りしていました。自分も大阪ミナミ繁華街の周防町や宗右衛門町などのスナックやラウンジ、少し背伸びをしてはクラブなどに三日にあげず遊びに行きました。

 手紙を開封すると優待券と手紙が入っています。差出人はと見ると昔の馴染みのホステス さん。便箋4枚に几帳面な字でぎっしりと書かれています。彼女は或る日、突然に店を黙って辞めていきました。多くのホステスさんの中の一人だったので気にも留めずに忘れていました。その時の店を辞めた事情が詳しく書かれていました。

 それによると最初、白血病との診断で今生の別れと思い泣きながら黙って店を辞め横浜の病院に、その後は実家で養生、少し安定してからはモデルクラブやスナックで働いていたそうです。しかし大阪が懐かしく元の店で働くことになりましたと最後に携帯電話の番号も書かれていました。

 昭和の青春時代(長〜い青春でした)の事で、今はミナミのネオン街も卒業して楽しかった思いでだけが残っています。電話はしなくてエールの手紙だけ送りました・・・・。

 MISS.OSAKA.JPG - 64,285BYTESこの昭和の40〜50年代はキャバレーが全盛の時代でした。ステージではショーをやっていて、幾つものボックス席が並んでいました。
 ビールや酒を飲んで会話を楽しんだり、フロアーも広いのでダンスも少し覚えました。ダンスホールに行く事は有りませんでしたが、社交ダンスは妻の方がレパートリーも広く上手で、家でレッスンを少し受けたことはあります。

 キャバレーは大衆的で広いフロアーで開放的なのに対し、ラウンジは店内の雰囲気もゆったりしていてスナックと違うところはホステスさんが横に座って接待をしてくれます。
 またクラブは落ち着いた雰囲気の中に接待するホステスさんはよく勉強していて知識は幅広く、話題に欠きません。店は会員制であまりラフな格好では入りづらい(入れない)所です。

 他に粋なバーテンのいる、いきつけのバーも有りましたが、アルコールに強くない自分はあまり足が向きませんでした。
 若い頃の思い出をこの手紙をきっかけに「つれづれなるままに」当時を懐かしく思い出しながら書いています。

関連ページ(リンク)→ 「エッセイ」おやすみ(e7)
           「短編小説」行ってらっしゃい(n9)
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