短篇小説・・・ オモイツクママ


  ◆短編小説・・・
スキーバス【n6】

バスツアー

ハイク登山 エッセイ 旅行日記 短編小説 詩(poem) スキー旅行 写  真
  ● スキーバスツアー

 
 新大阪駅北側にあるバスターミナルは信州方面に出かけるスキー客でごった返していた。そして夜の10時を過ぎると白馬・八方、妙高・赤倉方面へと多くの若者を乗せてスキーバスが次々と発車して行く。その中に今年スキー場近くにロッジを開いた親友Aさんからの誘いで久しぶりにスキーを楽しもうと一人で出かけた。 Aさん夫妻は仲の良い夫婦で、共に登山やスキーを趣味としていた。子供達も独立したので定年を前に早期退職をしてこの地に二人でロッジを経営するのが夢だった。  

 スキーバスの乗客は、ほぼ満席の状態だった。僕は一人通路側に座り右隣の座席は空席になっていた。通路を置いて男女のカップルが、そしてその前の席には女性の二人ずれがそれぞれ乗っていた。男女の二人は静かに二人でスキーの話を楽しそうに話している。その前の女性は同じ職場の同僚の事や上司の噂話を大きな声で楽しそうに話している。後部の座席からはグループの男女の話声が賑やかに聞こえていた。  

 定刻にスキーバスが発車した頃には冷たい雨がしとしとと降り出した。 これでは途中の道路は雪道になるだろう。バスは高速道路をこれから白銀の世界を楽しもうと高揚した気分の乗客を乗せて夜の高速道路を走っていた。 その内にみんなは疲れたのか明日に備えて静かに眠りに付き始めた。いつしか高速道路を外れたバスは真っ暗な夜道を走っている。積もり始めた雪の中をバスは車の轍(わだち)に沿って静かに走っていた。快適な暖かい車中、単調なエンジンの音、適度な振動にゆられながらいつの間にか僕もウトウトと眠り込んでいた。  

 ふと肌寒さに眼を覚ました。なにか自分の周りに違和感を覚えた。車内の雰囲気が異様である。通路を挟んだ隣の座席に座っている男女の姿が違って見える、寝ている間に座席を変わったのだろうか。そして僕の隣の座席には、いつの間にか一人の女性が座っていたのである。  

 不思議なのはそれ以上にこの雪道でバスのスピードが少し早い、それにバスがふらふらしているようである。みんな寝静まっているのか静かな車内はバスのエンジン音が単調に聞こえるだけである。車内トイレに立ったついでに運転席に寄って見た。運転手がこちらをチラッと見た。車内等に照らされて青白い顔をして言った。「ブレーキが・・・・」 足元を見ると片足が無い。そして真っ赤な血が流れているではないか。  

 「お客さん・・・・」 運転手がこちらの方を見て言った。「頭から血が流れていますよ」・・・・僕は自分の頭を触った。ぬるっとしたその手には薄暗いライトに照らされて赤い血がべっとりとついていた。それを見て頭がふーッとなってその場に気を失ってしまった。  

 丁度、その時間に一本の電話が病院に救急車の要請の電話が入っていた。事故の知らせである。警察のパトカーも狭い雪の山道を現場に向かっていた。当のバス会社にも知らせが入った。現場の場所、時間を聞いて運行責任者は呆然とした。「これは4年前の・・・・」  

 現場にはバスから投げ出された人たちが冷たい雪の積もった林の中で救助を待って呻いていた。事故はタイヤチェーンを巻かずに走っていて、カーブでスピードの出しすぎで路傍の雪を踏み外して谷間に滑り落ちたのである。転落したバスは雑木の中を十数メートル谷底に滑り落ちていた。 怪我人はバスの交代運転手や怪我の軽い人々に助けられていた。  

 この事故で報道によれば一人の乗客とバスの運転手が亡くなった。亡くなった乗客は僕の通路を挟んだ二人のカップルの内の一人であった。そうすれば事故のとき横に座っていた女性はいったい誰だったんだろう・・・・。僕は頭に包帯を巻かれて病院のベッドの上で漠然と考えていた。  

 事故の知らせを聞いてAさんは病院に直ぐに駆けつけてくれた。事故の時に見かけた不思議な女性の事をこの友人に話した。バスの中で眼を覚ましたとき自分の横に座っていた女性・・・・。その話を聞いてAさんは真っ青な顔をした。  
 4年前に念願のロッジを開店するため夫婦で下見を兼ねてスキーに出かけた。その時同じ現場、同じ時間にバスの転落事故にあったのである。Aさんは頭部に重傷を負いながらも助かり、窓際に座っていた奥さんは車外に放り出されてバスの下敷きになり亡くなった。そのとき死んだのはもう一人の乗客と彼女の二人であった。バスの運転手は重傷を負いながらも助かったのである。 
 今回はその時の亡霊が同じ場所に座っていた乗客と運転手をあの世に連れて行ったのだろうか。亡くなった運転手はその時に事故を起こした運転手だったそうである。 そして、なにかの偶然か、因縁かAさんの助かった座席に僕が座っていたのである。女性は奥さんの亡霊でしょうか、ご主人のAさんを訪ねる僕を守ってくれたのである。  

 今はアルバイトの学生も入れて、奥さんの遺影と二人三脚でロッジを経営している。夏はハイキングや登山客、冬はスキー客で大変賑わっている。皆さんもぜひ一度訪ねてみて下さい。
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