オモイツクママ


  ◆ 登山靴と富士山【115】

     平成22年10月 日

ハイク登山 エッセイ 旅行日記 短編小説 詩(poem) スキー紀行 写  真
  登山靴と富士登山の思い出 

 今、履いている登山靴は富士登山の時、始めて買った靴である。そして改めて山登りを始めたのは還暦を過ぎた頃からである。それまではスポーツに縁のない世界にいた。野球に相撲、水泳にマラソン、見ること参加することまったく興味が無かったのである。
  
 話は40数年前の事である、業界の先輩で登山経験者の一人が、富士登山の提案がなされた。酒の宴席でのツアーの計画だった。他の誰も登った事は無い、まして現在のような登山ブームでもなかった。
  「日本に生まれ、日本一の山、生涯に一度は登ってみないかい」
  「50才、60才代の人でも登っているんだよ」と富士登山に誘われた。 登山みたいな危険でしんどい事にはまったくの御免である。どこが楽しいのだろうか、若い頃は道頓堀や宗右衛門町で酒を飲み、夜の蝶々を追っかけている方がずっと楽しい。
  しかし7〜8人が参加する事になった。自分より年配の人ばかりである。 酔った勢いで自分も「登って見ようか、俺だって未だ皆より若く体力はある」と思うことで心を決めた。
  
 初めての登山である、それも3,776mの富士山。靴は普段の皮靴しか持っていない、登山にはそれなりの装備がいる。早速、梅田にあるスポーツ店で棚に並んだ登山靴を見るが、どれを買ったら良いか迷っていた。値段もいろいろで、びっくりするほど高いのもあった。一度だけの登山にはもったいな過ぎる、意を決して店の人に相談をした。000.JPG
 夏の富士山に登るだけならそんなに装備はいらないですよ、靴もスニーカーでも良いですが、キャラバンシューズかトレッキンシューズ、軽登山靴で十分ですという。いろいろ迷った挙句、登山靴だけはと、少し高価なのを見栄で奮発して買った。後は有り合わせのザックにタオル、懐中電灯、おやつ等でハイキングの格好で富士登山に間に合わす事にした。

 キャバレーやクラブで一晩飲み歩く事を考えたら安いものであるが、意外とこんな所に、「もったいない」とケチの精神が頭をもたげる。
 他の同行者も同じ気持ちか、服装も良く見られる登山姿ではない。一人だけ登山経験者で、さすがに服装、装備もきちっと決めていた。自分はこれで大丈夫かなと内心思いながらバスの乗客の一人となった。
 
 大阪から一般国道をバスで富士山5合目まで行く、そしてそこから歩いて7合目の山小屋で仮眠、早朝、暗い内から頂上を目指すという壮大な計画である。
 富士スバルライン5合目のバスの駐車場は広かった。多くの人たち、年配の人から若い人でいっぱい。最初は元気に樹林地帯の中を歩いた。そのうち森林限界を超え緑の無い赤茶けた溶岩のごろごろした坂道を登ると息切れが激しくなった。それも7合目の小屋に近づくと足も身体も限界、気分が悪くなり小屋に着いたときはふらふらだった。
 此処で仮眠、割り当てられた場所は横たわるだけのスペース、中は人でいっぱい、ゆっくり寝られない。それでも横になりうとうとすると気分はよくなった。同行者の中には酸素不足で気分が悪くなってここでリタイヤする人も出た。
 
 早朝は暗いうちにご来光を見るために出発、しかし此処からがきつかった急な登りの為ジグザグに曲がった登山道、頂上は未だか。空気が薄く息苦しい、心臓がバクバクと鼓動、休憩しながらも登った。それでも頂上の鳥居が眼に入った時の事は忘れられない、ほっとした。そして最後の石段を踏みしめ、やっと終わった。これが実際の気持ちだった。
 
 山頂には多くの人々が、自分は平坦になった道をふらふらと歩き小屋で休憩した。ご来光、そんなものはまったく記憶に無い。登山のまったく経験の無いものが登るのである。何が楽しい、もう二度と登山なんかはしない、する事は無いだろうとこの時は思った。
 
 あれから大和葛城山(959.7m)には娘と登った事はあるが、神戸、京都、奈良と平地の観光地を歩き回り、還暦を境に変わった所は無いかと思う頃、里山歩きから低い山歩きを始めた。 富士山を下山したあの時から一緒に歩いた登山靴も長い間、靴箱にしまわれたままであったが再び私と一緒に歩く事になった。
  
 いまでは歩くペース、呼吸、体力配分も覚え、70歳を過ぎても若いときよりは元気に低山を楽しみながら歩いている。今も履いている登山靴、もう痛んで新しいのをと思うが、もう歳で足の方が言う事を聞かなくなるかと思うと高価な靴にと、ケチの精神が再び頭をもたげる。

 樹氷を観に雪山を登った時の錆付いたアイゼンは娘が学生の時のを使っている。しかしこれも、もう使われる事は無いでしょう。
 
 登山靴も足首や足の保護のためであるので余り古いのはよくない。アイゼンも雪の無いところを歩くと金属のとがった爪が磨耗する。スキー靴などプラスチック製の場合は5年位で割れてくるのもあり、危険で買い換えるがこの靴も非常に高い。これらも買い替えの時期である。

 何時まで元気に使えるのでしょうか。
   もう一年……「もったいない」と「安全」が頭の中を交差する。
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