短篇小説・・・ オモイツクママ


  ◆ 短編小説・・・
零 戦とセスナ【n1】

ハイク登山 エッセイ 旅行日記 短編小説 詩(poem) スキー旅行 写  真
  ● 零 戦・・・・ある晴れた夏の日に

 
 雲ひとつ無い青空に向けて一機の小型機(セスナ172)が有視界飛行(※1)で空港の滑走路から飛び立った。 お盆休みを利用して久しぶりに一人で大空の散歩を楽しんだ。地上は蒸し暑いが上空は快適な気温である。
 YAO.JPG
 飛行前には空港の気象台でコース途中の気象情報を入手した。気温、天気も問題ないが弱い層積雲が発達しかかっているとの情報であった。
 雲にさえぎられれば、雲の上空を飛行するか迂回して飛行すればよいと判断して離陸。
 飛行は順調、風も弱く飛行機は流されること無く、ぐんぐんと上昇していった。周りの視界は良かった足元には箱庭のような町並みが、遠くに緑の山々が連なって見える。 エンジンの音も眠たくなるような心地良い音を立てて快調に回転していた。気流も安定し少しもゆれることなく飛行している。

 私が軽飛行機の自家用操縦士免許(技能証明書)を取ったのは終戦後、日本の空が米軍の占領下から返還されて間もなくである。K教官は戦前の零戦(ゼロ戦)のパイロット、 豪快な操縦(曲技飛行)は私を魅了した。戦後の日本の空は無線で航空管制されている。
 しかし管制英語のパターンは決まっているので日常の英会話に不安があっても不自由はしない。緊急事態には日本語でもOKである。
 操縦士技能証明書、計器飛行証明、教育証明を持つK教官、これらは運輸省(国土交通省)の所管である。 航空無線通信士の所管は郵政省(総務省)である。段々厳しくなる航空無線通信士の英語に戦前派のK氏は苦戦していた。訓練生の私はすでに航空無線通信士の免許を先に取得していた。
 時々K教官の自宅に行っては試験勉強のお手伝いをした。一つには年頃の お嬢さんがいて彼女に秘かに心引かれ、たびたびお邪魔していた。長い髪の毛をポニーテールに結んだ可愛いお嬢さんであった。

 ある日の新聞に、空港を飛び立った航空機の行方不明を報じていた。その日は本州に寒冷前線が延びており、雲が一面に張り付いて空は荒れていたという。 捜索が開始されたが発見出来ず瀬戸内海か山中に墜落したものと見られた。その後機体の発見に至らず、むなしく一年が過ぎた。操縦していたのは、かのベテラン教官K氏であった。

 私の前方には発達した白い雲がさえぎる。有視界飛行で雲の中に入るのは非常に危険である。 「まずいな」と考え上昇するか。 いや、積乱雲が発達しているようである。
 「降下して迂回しよう」高度を下げる。しかし雲がどんどん近づいてくる。翼端を灰色の雲が掠める。まだ足元には緑色した山々が見えるが、途端にスーと雲の中に入った。
 「しまった」とつぶやき、この辺りの山は高い、これ以上高度を下げると山に衝突の危険がある。また視界が利かないと機体のコントロールが出来ない、計器飛行状態(※2)になる。
 180度Uターンして元の方角に戻ろうと考えていた時、別のエンジン音が聞こえたような気がした。周りは何も見えない雲の中で恐怖感一度に押し寄せてきた。
 ふと、前方右下を見ると飛行機が、同じ方向に飛んでいるではないか。ずんぐりした暗ZERO-1.JPG 緑色の機体の横には赤い日の丸が。
 「なんだ!」我が目を疑った。零戦(零式戦闘機)ではないか! するとスーと我が機体の真横に並んだ。風防の中からこちらを見る顔、私は愕然とした。 にっこり笑った顔はK教官ではないか。前方を指差し、ついて来いとの指示をする。
 私はその零戦の後ろに従った。どのくらいの時間がたったのだろう、ふわっと前方が明るくなると雲の外に出た。足元には緑の木々が、前方に町並みが見えた。 そして気が付くと今まで前を飛行していた零戦の姿が無い、あわてて周りを見渡したが空には何も無く青空が広がっているだけで、後方には今抜けてきたばかりの雲が白く高く広がっているばかりである。
 
 はるか前方に小さく目的の白い滑走路が見えた。管制塔(タワー)に現在位置の通報をする。
 JA32**, 9 miles east 2,500 feet descending. Request landing instructions. Over.
 (JA32**、 9 マイル東 2,500フイート降下中です。着陸の指示を要求します。どうぞ)

 あれは確かに零戦だった。何故あそこを飛行していたのだろうか。確かにK教官は雲中飛行の私を誘導してくれたのである。 戦争も終わったのにまだ雲の中を零戦の幽霊が今も、さまよっているのでしょうか・・・・・。

  32**, Runway 28 wind 320 at 7knots altimeter 2986 clear to land.
 (32**、風は320度方向から7ノット 高度計29.86インチ 滑走路28への着陸を許可します)AIRPORT-1.JPG

 32**, Roger clear to land runway 28 altimeter 2986.
 (32**、了解 滑走路28への着陸支障なし 高度計29.86インチ)

 滑走路がぐんぐんと目の前に迫ってきた、エンジンの回転を絞り、操縦桿をそっと手前に引く。 セスナ機のタイヤが地面に接地すると同時に機内には滑走路で熱せられた、外気のどんよりとした蒸し暑い熱気が一度に室内に充満してきた。 そして現実の世界に引き戻された。
           August/1971

●零 戦(零式艦上戦闘機)(940hpエンジン〜)
 太平洋戦争(第二次世界大戦)の終戦まで、日本の主力戦闘機として1万機以上製造され、前線で活躍。(三菱重工業、中島飛行機 製造)

●セスナ172 スカイホーク(160hpエンジン)
 わが国では小型飛行機の代名詞のように呼ばれ、この機種は1956年製造から3万機以上製造されている。(セスナ・エアクラフト社 製造)

 (※1) 有視界飛行方式(VFR)
 パイロットの目視に頼って飛行するため,十分な視界が常に確保されるような気象状態,パイロットの判断で自由な高度を選ぶことができる。しかし,空港および空港周辺においては,管制機関の指示に従わなければならず 定められた位置通報を行わなければならない。

 (※2)計器飛行方式(IFR)  
 パイロットの肉眼に頼ることなく計器のみで飛行する方式を言う 常に航空管制官の指示に従って行う飛行。パイロットも計器飛行証明の資格を持っていなければならない。

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