● 輪 廻 転
生 |
転生・・・・・生まれ変わっても
あなたは輪廻転生を信じますか。
特に転生は強い思い入れが次の世代に反映されるのです。 これは僕と少女の強い念が引き起こした一人の、
いや二人の人生の物語です。
僕は28歳、ある電機会社に勤める一介のサラリーマンである。
始めて彼女の事を意識したのは毎朝駅に向かう通勤途中の道筋であった。 同じ時間に同じ道を制服が良く似合う清楚な高校生。ある日いつもの道で突然、彼女から「お早うございます」と声をかけられた。私は一瞬びっくりして声もでなかったが、すぐに「おはよう」と挨拶を返した。
これをきっかけに毎朝、通勤途中の短い時間ではあったが会話をすることになった。将来は漫画家志望、絵を描くのが好きな明るい現代的な少女である。
月日の経つのは早いものである。桜の咲くこの春には高校を卒業、もう二度と会う事は無いだろう。10歳も齢が離れているが、僕は思い切って今後もお付き合いを申し出た。
「う〜ん」と頬に指をあてがいながら可愛く、そして少し考え込んでから「いいわ」と明るく返事をしてくれた。
少女の話によると母親と二人暮らし、仕事に出ていて、いつも一人の時は絵を画いている。この春には大学に進学して絵の勉強をするのだそうだ。
休みの日には二人で郊外の里山を度々ハイキングをした。 暑い夏の日も終わりかけた、この日もデッサン帳を持って一緒に歩いた。
「稲の穂もこんなに大きくなって」。 「実るほど頭を垂れる稲穂かな……」。
「あら、私たちもそんなに大人になって……」。 「僕達はまだまだこれからだよ」。
いつまでも二人の時間を共有したい……年老いても。 そっと手を握る、少女も握り返してくる。 「あら、可愛いい」。
あぜ道に白やピンクのコスモスの花が風に揺られながら咲いている。 「ちょっとスケッチしていくわ」。
絵を画いているときは後ろからそっと眺めていた。カラフルな色の花を鉛筆で白黒に描かれていくのを、時間が経つのも忘れて。
……お互いに自然と深い愛情を抱くようになっていった。
大学の卒業を目の前に突然彼女に不幸が訪れた。原因不明の発熱、全身の痛み、そして入院、病状は意外に速く進んだ。治療の施しようも無かった。僕は会社の帰りに毎日見舞いに訪れた。 彼女は自分の病状が思わしくないのをすでに悟っていたようである。
「今度生まれ変わったらきっとあなたと一緒になるわ」と強い思いを見舞いに病院を訪れた僕に示した。
「僕もきっと一緒に…… 結婚しようね」二人は手を握り合って固い約束した。
この世でかなわぬ夢を来世にかけて。病室には少女の画いた一輪のコスモスの画が飾られていた。
悲しい別れは思いのほかに早く訪れた。ベッドの上で力尽きようとした時、赤、青、紫……の虹色の輪が少女の体から僕の目の前いっぱいに広がっていった。僕は気が付いた時、彼女の魂はすでに「この世」にはいなかった。外には桜の花がちらほらと舞っていた。そして花びらが散るように僕の目の前から静かに彼女は去って行ったのである。
あれから20年の歳月が流れた。仕事も順調、僕は夜遅くまで多忙な毎日を送っていた。この日は大阪ミナミの行きつけのクラブで少し飲んで心斎橋筋を一人ぶらぶら歩いていると、小さなギャラリーが眼に入った。個展が開かれている、ふらっと酔いに任せて入ると、受付の若い女の子に署名を求められた。私の書いた名前を遠い記憶から探すように眺めていたが、すぐに「どうぞ、ごゆっくり」と作品の一覧表を手渡してくれた。
会場には人々がちらほらと、時間も遅いからだろうか。作品の中に里山の風景を描いた風景画 ……白、ピンクのコスモスが風にゆれる……畦道の向こうに遠くにかすんで見える山々、頭の中に懐かしい風景と二重写しになる。
受付の娘にこの絵の購入を申し出た。「有り難うございます」少し驚いたように言った。「これ私の描いた絵なんです」はにかみながら答えた。
後日、絵を受け取りに行った時、近くの喫茶店に誘った。 僕もすでに50才、「論語」に50にして「天命」を知るである。若い娘に現(うつつ)を抜かすような齢ではない。自分の娘のような齢である。
……しかし、目の前にいる娘は誰かに似ている、遠い記憶の中に懐かしさを感じた。
彼女は某商事会社に勤めながら絵を描いているようで、まだ若くて苦労しているようである。この後、彼女の絵を何点か購入した。その内だんだんと打ち解けて話をするようになった。両親にも死に別れ一人で独身暮らしであると言う。
娘が出来たようで僕も父親として接するようになっていった。時には食事を一緒しながら絵画の話等を話題にした。いつしか自分の若い頃の思い出と重ね合わせていた。
彼女から「前から付き合っていた彼からプロポーズされたの」……突然の話。「一度彼に会っていただけません」10歳年上の彼とは同じ会社に勤める上司で、「お父さんのようにとても優しい人」という。少なからずショックを受けた。この美しい娘を他人に奪われる思い、恋人を取られる感じに襲われた。
自分の思いとは裏腹に彼との話はどんどん進んでいったようである。ある日彼女と食事の席で改まって挨拶をしてきた。「今度教会で結婚式をすることが決まりました。ついては父親としてエスコートして戴けませんか」と 僕はびっくりした、そんな大役は引き受けられないと即座に断ったが。
彼女は眼に涙を浮かべながら、ぜひ「お父さん」に引き受けて欲しいと……。 この涙の中に何かの因縁と自分の責任を果たさなければならない義務感を感じた。結局彼女の懇願と自分の心の中に何か引かれる思いとがあって引き受けたが、しかし心の中は重かった。彼女に対するこの深い思いはなんだのだろう。
柔らかい日差しに包まれた4月の初めに、結婚式は郊外の小さな教会で行われた。桜の花が満開の素晴らしいお天気にめぐれ最高の日和であった。
新婦の親族は少なく、友人知人が多くお祝いに訪れていた。僕は着慣れないモーニングで身を包み控え室で一人昔の思いに耽っていた。
新郎に会ったのはこの日が初めてで緊張してお互い顔もじっと見られなかった。
この男に彼女が……と複雑な思いの他に、始めてあったと言うのに何か深い親近感を覚えた。相手も同じように感じたのだろう。「お父さん、よろしくお願いします」と握手を求めてきた。その手は柔らかくて、とても優しかった。僕も強く握り返しその思いを伝えた。この男とは似合いの夫婦だと、このとき確信をした。
今日の晴れの日にまぶしいまで晴れやかで美しい娘とは最初で最後であろう、彼女と腕を組みバージンロードをゆっくり、ゆっくりと歩いた。
新郎新婦が愛の誓いを行う中、後ろでそっと涙を拭きながら眺めていた。何時までも幸せに・・・・・・。
二人が式を終わって新婚旅行で九州宮崎に旅立つのを、みんなの祝福を受けている。僕は疲れ果てた体を休ませながら遠く離れて見ていた。すると体がふわっと軽くなったかと思うと自分の体から赤、青、紫…の虹色の輪が、いっぱいに広がっていった。
昔の光景が目の前に甦(よみがえ)った。「僕もこれでやっと、あの時の少女との約束を果たせた」自分の体から魂が静かに離れていくのを感じた。
九州大分に向かうサンフラワーのデッキで
新婦「本当に約束通り一緒になれたわね。お父さんはあなたにそっくりだわ。優しくて思いやりのある……」
新郎「そうだね、やっと結婚できたね。お父さんの手を握った時、自分の手を握っているみたいだった……」
・・・・・・結婚式の時、妻をエスコートしてくれた今は亡き、お父さんの年も既に越えました。そして定年も迎え、二人で仲良くハイキングをしたり、郊外の里山でキャンバスに画く彼女の絵を後ろから眺めたりしています。
「これがノアザミ、ヤマホトトギス、ミズヒキ……」妻は楽しそうに振り返りながらレクチュアーしてくれます。 田畑のあぜ道にはコスモスの花が赤、白、ピンク・・・・・・そして、その後ろから妻の背中を見ながら歩いています。
短編小説へ | |